小さい頃、とても好きだったテレビ番組に「アメリカ横断ウルトラクイズ」があります。
なんてことを書くと年齢がばれそうなんですが、第1回が始まった1977年はまだ生まれてません(笑)
アメリカ横断ウルトラクイズとは
視聴者参加型のクイズ番組としては古い方なんでしょうか。挑戦者がいくつものステージをクイズで闘いながら、アメリカ大陸を横断していき、決勝が行われるニューヨークを目指すという壮大な番組でした。
司会を務める福留アナの「ニューヨークへ行きたいか~?」がいまだに忘れられず、ニューヨークと聞くと、いまだに口走ってしまう人もいることでしょう。
そういえば、「ウルトラ」と名の付くものが好きなのは、この頃からだったのかもしれません。キャッチフレーズの「知力、体力、時の運」って、ウルトラマラソン・ウルトラトレイルに適用しても、あながち間違ってはいない気がします。
当時は、海外旅行もそれほど身近ではなかったし、自分の周りでもアメリカに行ったことがあるという人もいなかったので、アメリカ横断ウルトラクイズが唯一のアメリカ情報源でした(笑) ステージごとにその土地ならではの形式でクイズや罰ゲームが行われるので、この番組見てアメリカに行きたくなったという人は多いんじゃないかと思います(今だに仕事以外で行ったことないけど)。
アメリカ横断ウルトラクイズの罪
そんな大好きだったアメリカ横断ウルトラクイズですが、今振り返ると、たった一つだけ「お前のせいじゃー!」とクレームしたいことがあります。
それはこれ、泥んこ○×クイズ。
これの裏はもちろんこうなっていて、
間違った答えの方に飛び込むとこうなります。
この絵面のインパクトがありすぎて、忘れられないんです。
これによって少年時代の私の頭に植えつけられたことは、「世の中の問いには正解と不正解があって、不正解を選ぶと痛い目に合うよ」ということ。泥んこもさることながら、ニューヨークへの道も閉ざされることになります。
そのことに思いを馳せながら、自分でもクイズに答え、挑戦者と一緒に正解/不正解に一喜一憂したものです。
もちろん、クイズ番組だから○×つけるのは仕方がないし、演出的に泥んこにするのはむしろ当然のことと言えます。そしてそれは、無垢な少年に「これが世の中の真理だ」と思い込ませるには十分すぎるインパクトでもありました。
この○×クイズの世界観を払拭するのに、どれだけの時間を要したことか。世の中は、泥んこ○×クイズのように、正解と不正解、天国と地獄の二元論ではないと気付くまで、どれだけの失敗を重ねたことか。
よく練られた選択肢はどっちも正解
いくつかある選択肢は、結局のところ経路や順番が異なるだけで、どれを選んでもゴールにたどり着く道なんじゃないかと、今なら分かります。
中央道から行っても、東名高速に乗っても、遅かれ早かれ富士急ハイランドにはたどり着きます。ニューヨークへ行けなかった大多数のウルトラクイズ挑戦者のように、選択を間違ったからといって、目的地にたどり着けないということは、人生においては稀ではないでしょうか。アカギのような人生を送っていない限りは。
というわけで、よく考えられた選択肢の間で迷ってしまうような時は、どっちも正解なんだから、早く決めて、早く出発した方が早く着くのは間違いない。それが巷でよく言われる「決断スピード」にまつわるあれこれなんだと思います。
今なら、そんな罪の部分もうまくいなしながら楽しめる気がするんですが、復活しませんかね、ウルトラクイズ??