「ノーポチ」はバグったゲーム。

テレビゲームは中学生の時以来やっていませんが、オンラインゲームやスマホでのゲームが主流になりつつある今、当時のことを懐かしく思い出すことがあります。
バグったゲームはおもしろい
私がゲームをやっていた頃は(もう20年以上前なんですね…orz)、まだ「ファミコン」と「スーファミ」だったので、ソフトは光ディスクですらなく、カセットでした。
なつかしい・・・
スーパーマリオブラザーズ
まだ新しいうちはいいんですが、使い込んでくると接続の問題なのかうまくセットできなくて、なかなかゲームが始められる状態までたどりつかないんですよね。カセットを差し込む角度を変えてみたり、息をふーふー吹きかけてホコリを取り除こうと試みたり。今となっては、効果があるのか疑わしい行動ですね。
そうこうしていると、たまに、画面はバグってる状態なんですが、ゲームはできる状態になることがあります。実はこれが結構楽しくて、バグっちゃってるので、キャラとかアイテムとかほとんどちゃんと見えないんですが、いつもプレイしている感覚だけで進めていくというのが実に面白かった記憶があります。
全く同じ、慣れたゲームのはずなのに、なぜかスリルがあるんですよね。
「ノーポチ」はバグったゲーム
こんなことを思い出したのは、前のエントリで書いた「ノーポチ」は、この「バグったままゲームを進める」感覚とまさに同じ、と感じたからです。自分自身は何一つ変わってないんだけど、見える世界が違うというか。挙動自体は同じなんだけど、見えてる世界はまるで違うという感じですね。
思考停止を逆手に取る「ノーポチ」の威力を見た:アイアンマンに挑戦します。
http://joglog121123.blog.fc2.com/blog-entry-426.html

とくに、「ノーポチ」が「ノーポチ」を呼ぶ錯乱状態(※)においては、登場人物がみんなバグっているに等しいので、世界に対する認知がおかしくなってきます。そんな状態でも、とにかく前に進んじゃおうぜ、と思ってしまうわけですね。
※小野さんのおっしゃる「ノーポチ」の原義は、「頭で考える前に、次につながる行動を取ってしまう」という意味だと思いますが、特に効果が発揮されるのは、通常であれば躊躇してしまうような無茶なことに一歩を踏み出す時です。そういった場合、だれかの「ノーポチ」がまた別の人の「ノーポチ」を引き出し、連鎖し、エスカレートするという狂気の状態をしばしば引き起こします。

「ココロの羅針盤」に従う
下手すると取り付け騒ぎとか、オイルショックの時のトイレットペーパー買占めと同じような心理状態に陥る可能性もあります。しかし、これらと大きく違うのは、世界に対する認知こそ変わるものの、自分の行動が何かに踊らされたりすることはない、ということです。
なぜなら、それは外部からの情報によって右往左往するようなことではなく、自分のやりたいと感じたことに対して、行動を起こしているからです。小野さんの言う「ココロの羅針盤」ですね。この針が指す方向に向かっていれば、他者に踊らされるというようなことはありません。
本日も引き続き、小さな「ノーポチ」を連打しています!

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