ステレオタイプとブランディングについて考えてみた。

前のエントリに続き、もう少し「ステレオタイプ」について考えてみたいんですが。

思い浮かんだことを徒然と書いてるだけなので、お暇なときにどうぞ!

ステレオタイプなものの見方って減ってくよね

そのまんまなんですが、「ステレオタイプなものの見方」って、普通に考えたら段々なくなっていくはずだと思っています。

というのも、単純に情報の量も種類もどんどん増えているし、発信する人の数も立場もどんどん増えているので、ふつうの情報摂取をしていれば偏った見方や凝り固まった考え方がしにくくなってくるのが自然なのではと。

ステレオタイプな見方が成立するには、世の中に行き渡る情報が限られていることが大前提。もちろん、なくなりはしないんでしょうけど、相対的には減っていくのが自然であるように思います。

逆に言えば、それでも根強く残っているステレオタイプには、何か深い社会的なメカニズムや個人の信念があるのかもしれません。考察対象としてはとても興味深いです。

現代におけるステレオタイプ=ブランディング?

そんな情報社会の現代において(陳腐な表現ではありますが…)、意図的に偏った見方をつくろうとする活動を「ブランディング」と呼んでいるのかもしれません。

特定の物事に対して、社会全体にステレオタイプな見方が広まっている状態というのは、現代風に言えば、「ブランディング」がでてきている状態です。

そう言えるための条件は色々あると思いますが、たとえば・・・

・その物事のステークホルダーが意図的にその見方を広めている
・その見方はステークホルダーにとって好ましい

とか。

私が以前住んでいたイギリスは、「紳士の国」というイメージが確立しています。これ、もしイギリスという国が意図的にそう思われるように情報発信(と統制)を行っているとしたら、もうブランディングと言って差し支えないと思います。

同時に「料理がまずい国」とも思われています。実際のところ、近年はだいぶおいしくなったという声もよく聞くし、お金を払えばおいしい料理も食べられますが…

こういった不名誉なイメージは、たぶん意図した結果ではなく、過去からの実績(?)と意図せぬ情報漏洩(?)から自然にそうなってしまっただけだし、おそらく好ましいこととは思っていないと思うので(イギリス人も自虐ジョークネタとして使ってることもありますが(笑))、一般的にはステレオタイプと言われるものに分類されるでしょう。

ざっくり言ってしまえば、

・意図的にいいイメージをつくることができればブランディング
・意図せざる結果として悪いイメージが定着してしまえばステレオタイプ

と言ってるだけで、限られた情報を基に何かしらの情報判断をしているということ自体は、ブランディングもステレオタイプも対して変わらないことを言っているのかも。

ブランディングはいいステレオタイプをつくるための行動で、ステレオタイプはブランディングに洗脳された結果と言えるかもしれません。

***

なんて「ステレオタイプ」という言葉から、色々考えてみたわけですが、かなりゆるい定義で「ステレオタイプ」を捉えています。

情報発信ともつながりが深そうだし、まじめに考えてみると奥が深そうなテーマです。発信者と対象が一致しないこともあるし(他者のイメージを引き下げるためのデマとか)・・・

このテーマ、また書くと思いますが、今日のところはこのへんで。

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